『同志社大学神学部』佐藤優 ★★★★☆
おもしろい。
佐藤優の学生時代のオハナシ。
この本読んだら勉強したくなるかな、と思って手に取りました。
こんなおもしろい一文があった。
プロテスタント神学にのめり込んでいく学生には共通した特徴がある。
プラトンとアリストテレスでは、プラトンのほうが好きだ。
デカルトとパスカルでは、パスカルのほうが好きだ。
カントとヘーゲルでは、カントのほうが好きである。
そして、キエルケゴールとマルクスではキエルケゴールの方が好きだ。
しかし、わたしの場合、アリストテレス、デカルト、ヘーゲル、マルクスのほうが好きなのである。
どうも普通の神学生になれないのである。
いい対比の連続です。
プラトン、アリストテレスは手を付けてないナー。でもサクッと読めそうな印象。
デカルトは読んだから、パスカル読んでみよう。
佐藤はカントよりヘーゲルなのね。ヘーゲル読んでみよー。
マルクスはなんとなく印象あるけど、キェルケゴールってよー知らんわ。
この一文を参考に、勉強すすめてみよう。
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心理学は体系知ではないから関心がない、という佐藤に対し、
大学時代の教授が
体系知に対する信望こそが「近代」という時代。という話があった。
そういう時代はもう限界。
ユングは近代の終焉ということをしきりに強調したんよ。
「体系知」という言葉。おもしろいです。
そして、心理学は体系知ではないのかー。へーぇ。たしかになー。
心理学はフロイトだったり、ユングだったりの思いつきに過ぎない、
とも言えますもんねー。
そして、「近代」が終わる、って発想。
そういう考えはマルクス、バルト、それ以前ではフォイエルバッハ、ヘーゲルだって近代の限界に気がついてたらしーーー。
(佐藤優。笑ってない目つきがビートたけしと似てますよねー)
あと、どーも佐藤優は「民族」というものに帰属意識を持ってがんばってるところがあるっぽい。
「民族」かー、これまた考えたことはありませんでした。
大阪人、とか日本人、そしてアジア人、または世界人として自分を考えたことはあるけど、「日本民族」として自分を捉えたことはなかったなー。
「愛国心」や「ナショナリズム」じゃなくて「日本民族LOVE」。
今後すこし意識してみよーう。
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・神学が「虚学」であることを文学部が「実学」であることと対比してた。
文学部がどう役に立つか、はぼくのテーマ。
おさえておかないと。
・キリスト教から離れようとすると、逆にキリスト教に引きつけられる。
これはぼくの経験からも、確かにそう。
高校生のときは世界史を選んで、キリスト教に嫌悪感があった。
歴史のでキリスト教えげつないですもんねー 笑
大学時代にキリスト教に対する考え方かわったなー。
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もっと勉強しよーーー。
勉強すれば、おもしろいことなんて、なんぼでも出てきますね。
「哲学」に関連して「民族」という読書テーマも自分のなかにつくっていこ。
「民族」という切り口でモノゴトを捉えると、またちがうものが見えてくるかも。
『パレスチナが見たい』森沢典子 ★★☆☆☆
パレスチナ側からの目線しか描いてなかった。
なんとなく嫌な感じ。
新潮社の『凶悪』を読んだ時の嫌悪感を思い出しました。
にじみ出る正義感が、ヤダ。
『できる人はどこがちがうのか?』齋藤孝 ★★☆☆☆
で紹介されてた一冊。
斉藤孝の本はいつも素直に読めないです。
たとえ話が多すぎて、なにを言いたいのかがぼやけてくる。
おもしろく読めるようになりたいナー。